カムイエクウチカウシ山 2016年8月12日(金)~13日(土)

カムイエクウチカウシ山
 2016年8月12日(金)~13日(土)

プロローグ

カムエクには今年7月に一度トライしたが、体調不良のため八ノ沢三股で敗退している。このまま今年はあきらめようかと思っていたのだが、下山後数日経って回復するにつれ、"来年は無いかもしれない"という思いが強くなり、せっかく昨年秋から準備を積み重ね、体力もある今年のうちに是非とも登りたいと思うようになった。登山届はネット経由で警察にも提出できるという「コンパス」システムを利用し、保険の手続きも済ませて 8月 12日の早朝 4:00 に札幌を出発した。

登山口

実質的な登山口である札内川ヒュッテに着いたのは 8:30 ころ、すぐに出発の準備をして 8:50 に七ノ沢出合に向けて自転車で出発した。

札内川ヒュッテの道路向いには 20 台程度の駐車場がある。駐車場利用者には渓流釣りの人たちも多いようだ。

そもそも登山道が無い山なので、どこにも"登山口"の標識はない。ヒュッテには入林届のノートがあるだけで、登山届のポストはない。

札内川ヒュッテ駐車場

ゲートとその奥に「かつらトンネル」

ここから先は車両通行止め、七ノ沢出合までは約 7.4Km、徒歩 2 時間の行程だが、私は札幌から自転車を積んできた。本当は MTB といきたいところだが、無理を承知でカゴ付き街乗り専用車を持参した。

帰り道のことを考えると、無ければ疲れ切った体にムチ打って 7km も歩かなければならないのだから贅沢はいってられない。

七ノ沢出合

七沢出合には 9:45 到着。山砂利によるパンクが心配だった。丁寧にコースをとり、スピードを控えめにしてタイヤをいたわりながら走り、無事に七ノ沢出合に着くことが出来た。これで 1時間の短縮。

地理院の地図はもう古く、砂防ダムによる池は完全に埋まって平らな広いスペースになっていた。これから先の厳しい沢の様相とは全く別世界のようだ。

先客の横に自転車をデポ

七ノ沢出合
山で「入口」とは

「カムイエクウチカウシ山入口」の標識が...
標識類の少ないこの山では貴重なのだが、"登山口"ではなくて"入口"に違和感が...
ゲートからここまで7kmを歩いて、今更登山口でもなかろうということなのか、それとも"登山道の無い山"に"登山口"はおかしいということなのか..."きっとそうに違いない"なんて考えながら広く快適な河原を歩く。

水流は枝分かれしたり、伏流水が湧き出たりと変化に富んでおり、河原歩きは飽きない。

この辺りは右岸に踏み跡があるようだが、藪になっている部分が多く、ダニを気にしながら歩くことを考えると沢を歩く方がはるかに快適に思えた。

広く快適な河原を行く
思わず中を歩きたくなる清流

最初の渡渉地点、ピンクテープの目印がある。ここで左岸に渡るのだが大き目の石で水流が少しせき止められており、水がよどんで深くなり、その分水流が穏やかになっている。7月には膝程度の水位だったのが。8月には膝上 10cm 程度だった。川幅が広くなったところを探すともっと楽に渡渉できると思う。その辺は水位次第で、今回は特に困難な状況ではなかったので、そのまま渡渉することにした。

流れが穏やかで深い所か急流で浅い所か
こんなところは河原も歩きにくい

河原は徐々に大きな石が増えてきて歩くにくくなる。濃い茶色の部分には藻が付着しており、不用意に踏むとすべる。足元から目が離せなくなる。

今回、1足で全行程を歩くためにラバーソールの沢靴を使用したが、こんなところは本来の沢靴であるフェルトの方が得意なようだ。

トリカブト
エゾアジサイ
八ノ沢出合までは約 4km、大きな渡渉は 2回、右岸→左岸→右岸と渡って八ノ沢出合に着く。この間を 3つの区間に分けると、距離の比率は 3.4 : 5.6 : 1.0 となる。左岸の区間が長いのだが、踏み跡が明瞭で歩き易いところと、踏み跡が入り組んで不明瞭、そのうえ笹薮となっているところもある。さらには足元が悪く、これなら河原を歩く方がましだと思えるところもある。ルートを見極める楽しさを存分に味わうことができる。
下の地図はカシミール 3Dによるもので、GPS によるトレース情報を重ねて表示しているが、登り(赤色)と下り(緑色)とでは微妙に異なっている。
七ノ沢~八ノ沢出合の後半部分
七ノ沢~八ノ沢出合の前半
八ノ沢出合

11:29 八ノ沢出合到着。浅い八の沢を渡って左岸に出ると、大きな流木や岩が散乱する混沌とした場所にテントを張るスペースが散在している。ここが八ノ沢出合テン場だ。

上の地図だとGPSの記録は右岸で終わっているが、実際は左岸になっている。このあたりは沢床が広いため水筋は大規模な増水によって動いてしまう。地図を作成した時期はおそらく数十年前だろうから、この程度の相違は覚悟しておかなければならない。

テントは木立の中までを含めると最大で 10張りくらいは可能かもしれない。しかし、どのスペースも長い年月使い込まれたように踏み固められているわけではない。写真でもわかるように流木が背丈を超えるような位置にまで積み重なっている。これを見ると来年も同じ場所にテントを張れる保証はないということに納得がいく。

テントを貼るポジションとしては沢に近い方が虫が少ない。沢音も結構うるさかったので自分はほぼ中間地点にテントを張った。

八ノ沢出合テン場

八ノ沢と遠くカムエク本峰

明けて 8月 13日、折しも今日はお盆、八ノ沢カールの慰霊碑に参ることが出来るかもしれない。4:25 出発。

それにしても沢はずいぶんと荒れた状態で、歩く場所を探しながらとなると時間がかかるものと思われた。巻き道は札内川本流よりもさらに断片的で行き止まりになっていたりと、あまりあてにならないように思えた。

先ずは左岸テン場上端の踏み跡からスタート、すぐに河原に出て、あとはほぼ河原を歩き通した。靴を濡らさずに歩けるとの情報を得ていたが、濡らさないためにはそのための努力が必要であり、時間と体力の消費につながる。ここは無理をせずに沢靴のまま必要の都度水の中に入る方が効率が良い。

沢靴と登山靴の両方を持参した場合、沢靴をどこでデポするかというのが悩みのタネになる。八ノ沢出合でテントを張るのであれば、そこに沢靴をデポすれば、それから上の行程で軽量化できる。しかし、そうすると登山靴で八ノ沢を登れるかというのが問題になる。

自分も同様に悩んだ末にラバーソールの沢靴を選んだ。今回のコース全体で 25km 程度の歩行距離なので、ラバーソールの沢靴 1足で全行程を歩けると踏んでの決断だった。若いころは登山靴1足でどこでも歩いていたが、いまは濡れた登山靴で歩くようなことはしたくない。

八ノ沢には多くの支沢からの水流が落ち込んでいる。足を止めて周囲を見渡すとただ水の音だけが響いている。

油断できない沢歩きではあるが、聞いていた通り難易度は高くない。足を置く位置を慎重に確認しながら歩けば問題はない。

八ノ沢に落込む滝(標高 762m 地点)

支沢の先(標高 890m 地点)

八ノ沢三股

5:45 三股到着やはり 2度目となると速い、急いだわけではないのに 1 時間 20 分で到着した。前回はテントを担いでいたことや体調不良もあったが、2 時間 20 分を要したので、沢コースの場合は色々な条件によって時間のバラつきが大きいということなんだと思う。

前回7月23日はここ三股で強いめまいに襲われ、テントを張って 1時間ほど休憩した後に撤退した。河原から 2~3m 上がった位置にテント一張り可能な平らなスペースがある。

三 股

後から自分なりに分析してみると、7月23日の体調不良は軽い脱水症状が原因と思う。水分の補給には気を使ったつもりだが結果として不足していたということだと思う。ザックの中には 2リットルのソフトボトルを入れ、サイドポケットには 500ミリリットルのボトルを入れていた。使っているザックはハイドレーションに対応しているので、せっかくの機能を活用すべきなのかもしれない。

三股からは本流左岸の踏み跡をたどる。ここからは本格的な登りとなる。

その本流の登りにかかる手前の三股の基部の足元に巨大な花崗岩が横たわっている。地上に完全に露出しているわけではないので端が確認できず、どこからどこまでと言えないくらいに大きい。

八ノ沢出合~三股は歩行距離 3.2km で標高差 300m、三股~八ノ沢カールは歩行距離 1.5km で標高差 540m、平均傾斜角でいうと 3.7 倍になる。テント装備を背負っての登降はそれまでの比ではない。定量的に把握してみて、7月の撤退は正しかったと改めて認識した。

踏み跡は本流左岸に沿って続くが、やがて支沢へと入っていく。三股で本流に合流する支沢を登るといった方が正しいかもしれない。いずれにしても登るにつれて踏み跡は本流からは次第に離れていくことになる。

だから、いずれかの時点で左方向に巻いて本流に戻らなければならない。そのことを意識しながら登ると分岐点を見逃すことはないと思うのだが、ここが最初の迷いポイントとして多くの方から報告されている。

本 流

下の写真からもわかるように、有志の方たちによって木の枝や石などを置いて "ここは違うよ" と表示してくれている。この写真で見る限り左方向に行くのが自然で、わざわざ直進するのが不思議に思える。しかし、この写真を見ることは、実際の登山では立ち止まってあたりを見回す行為に相当する。

足元を見ながらひたすら登っている状況では周囲の地形が見えないということなのだ。

最初の迷いポイント(1,080m)

1080m 地点で支沢の筋から外れて本流に戻る

無事に本流に戻ると、いわゆる三条の滝が見えてくる。誰が命名したかはわからないが、3本の顕著な滝が流れ落ちている。

そしてこの後最初の危険ポイントが現れる。右の写真は登り終えてから下を見たものだが滝つぼに向かって斜面が見えないくらいの角度で落ちている。

三条の滝が見えれば安心

3~5m 程度の高さの斜面で、残置ロープがある。別にロープが無くても問題ないようなところだが、しかし、前の写真は登り終えて見える景色、登っているときはそんな場所には見えない。だから油断はできない。

そんな場所だとわかっていても下山時に疲れからふらついたり、緊張感が緩んだりすると思わぬ落とし穴になる危険性がある。

三条の滝

最初のロープ場

滝の脇からは伏流水が滴り落ちている。苔の存在がこれが安定した形であることを示している。

この水を沸かして昼飯なんてのも良いが、今はそれどころではない。ここはいわば八の沢の核心部。

滴り落ちる伏流水

三条の滝を通過すると息をつく間もなく次の迷いポイントに遭遇する。

ここは通称 "Y字" といわれているポイントで、左の涸れ沢が本来のルートであるところ、誤って右の沢を直進してしまうというところだ。ある意味有名なポイントで度々報告されているため、ネットである程度ルートを調べている人はわかると思う。

登っていて、ここが Y 字と認識できれば問題ないのだが、気づかずにそのまま通過することも考えられる。二つの小沢の真ん中に三股の形をした木がある。下の左の写真中央上端に写っている木だ。これが目印になると思う。それが見つからなくてもピンクテープがついているので、注意深くルートを確認しながら登れば問題ないと思う。

迷いポイント "Y字"

迷いポイント "S字"

続いて迷いポイント "S字"、三条の滝を過ぎた後、本流が S 字に蛇行する部分で、巻き道から本流の沢に降りる踏み跡がある。ここを降りてしまうと、通常の登山では対応できないところに出てしまうということらしい。

ピンクテープでしっかり塞いであるので、間違うこともないかと思うのだが、年月が経ってテープが切れて垂れ下がったらどうなるだろうか。"熊よけの鈴、時代変わって熊寄せの鈴" というのは冗談だが、かえって危険なことになりはしないか。有志によるたゆまぬメンテが行われている様なので心配は無用かもしれないが。

さて迷いポイントを通過した後は 2 つ目の危険個所、おそらくコース中最も危険と思われるところを通過する。

といっても、ここも良くある普通の岩場で、基本の三点支持を守って 2~3 回足の置き場を確認しながら歩を進めるだけで難なく通過できる。高さもせいぜい 2~3 メートル程度だ。

しかし、ここも他と同じように、登路自体は単純でも、その周りが危険な場所になっており、滑落するとそのまま滝つぼまで落下しかねないところだ。だから特に下山時においてはくれぐれも緊張感を切らさないようにしなければならないと思う。

滝の上にある岩場

足元が狭いので要注意

30m の滝(標高1310m)

標高 1310m、難所を越えてあとは八ノ沢カール目指して残りの直線沢を登るだけ。そんなところにある大きな滝、しばし見とれてしまう。

標高1330m地点、沢は狭くなり、水量もぐっと少なくなる。いよいよカールが近いとの予感に気がはやる。

三股からずっと左岸を登ってきた踏み跡は、標高 1500m 地点で右岸へと渡る。明瞭な踏み跡が見える。

八ノ沢カールの水は 8月に入ると枯れることがある。沢の水が無くなることから判断できる。沢の水が消えるところ、標高 1510m 地点で、沢の横から伏流水が湧き出ている。下に降りるための踏み跡もあって見つけやすい。

踏み跡は左岸から右岸へ

カールが枯れたときの最終水場(標高1510m)

八ノ沢三股からカールの間の踏み跡については情報が少なく、具体的な山行計画をたてるために必要な装備・技術など、悩むことが多かった。結果として最悪の事態を考慮して装備が膨らんでしまった。

この区間の GPS データをカシミール 3D の地図に重ねると下の図のようになる。赤は登り、緑は下りのデータを表している。両者を突き合わせてみると迷ったり、戸惑ったりしている様子がみてとれる。意外(?)にも google Earth による空からの写真が参考になった。

八ノ沢出合~八ノ沢カール間のGPSデータ

八ノ沢カール

7:33 八ノ沢カール到着、三股から 1 時間 48 分。日帰り装備とテント泊装備の違いだろうか、無理をしたわけではないのだが、予定より早い。

目の前に八ノ沢カールの素晴らしい景色が広がる。まさに別天地だ。

八ノ沢カール

八ノ沢カールについて記述するとき、やはり触れなくてはならないことがある。昭和 45 年(1970 年)に発生した福岡大ワンゲル部員の事故のことだ。おなじ山を愛する者として彼らの霊安かれと祈らずにはいられない。この慰霊碑を訪れることも今回の山行の目的の一つだった。

慰霊碑は岩にプレートがボルトで固定されているだけで風化が進んでいる。前に少しの石が積み上げられているが祭壇のようなものはない。あたりの高山植物を少し拝借して供え、50 年近い時の流れを思いながら手を合わせてきた。

福岡大ワンゲル部慰霊碑

下山する人に聞いた情報では昨日は 9時過ぎには山頂は見通しがきかなかったとのこと。早朝は晴れていても日が昇るにつれて上昇気流が発生するため、山頂部に雲がかかってしまう。

いそがなければ...

稜線への踏み跡からカール全貌

稜線へと急ぐ途中、振り返るとカールの全景を見渡すことができる。

トカチフウロ

時期的なものなのか高山植物が少な目と感じていたが、上に行くにつれて花を見かけるようになった。

ピラミッド峰への分岐(標高 1695m)

位置が不明確であった分岐の場所を確認することが出来た。次回への布石になるだろう。

ピラミッド峰との鞍部は 1700m だが、踏み跡はしばらく八ノ沢カール側の壁をトラバース気味に登り、標高 1760m 地点で稜線に出る。

稜線よりカムイエクウチカウシ山

稜線手前よりピラミッド峰

稜線に近づくにつれてピラミッド峰の鋭角な尾根が間近になり、迫力ある姿を視界に捉えることができる。稜線に出たところにテント 1張り分のほぼ平らなスペースがある。吹きっさらしだが、ピラミッド峰やカムエクの頂上に近いため、夜明け前にピークに達したい場合などには便利な場所だと思う。

カールから稜線に至る踏み跡がある辺りはヒグマのテリトリーで、常時熊が居てもおかしくない場所といわれている。今回は 7 時 40 分~ 8 時くらいにかけて通過しているが、明るくなる前に通過することはやはり避けるべきだろう。その意味で夜明けのカールと山頂を撮ろうとするとどうしても、この稜線のテン場を利用しなければならないと思う。

頂上

9:17 頂上到着、カールからの時間は 1 時間 40 分強、標準的な時間だが、日帰り装備でのこと。

頂上手前からピラミッド峰

頂上へ至る最後の道は道中で唯一登山道らしい道だった。実際には傾斜が結構あって平らな道ではないが、それまでの労苦をねぎらってくれるかのような優しい道だった。

頂 上

やっとたどり着いた頂上、もう来れないかもしれない頂きの景色をしっかりと目に焼き付けよう。頂上標識のデザインはこの山の雰囲気に合わないと思う。

頂上からピラミッド峰

1903 峰

南日高の山々(どうしても1839峰に目が行く)

札内川上流の山々

下山

頂上には 30 分ほど滞在して 9:47 下山開始、三股 12:12、八ノ沢出合には 13:44 に到着した。計画よりも早かったため、予定を変更してその日のうちに下山することとした。八ノ沢出合を 14:30 までに出発できれば下山すると決めていた。45分あれば撤収できる。

この判断はよかった、七ノ沢出合あたりから天候が明らかに下り坂であることが分かった。風が強くなり、雲が厚くなってきた。近づいている台風の影響だった。

八ノ沢出合発 14:24、七ノ沢出合 15:50、ここから自転車で札内川ヒュッテ着 16:37 だった。

下山の負担が重いのはどこの山でも同じだが、この山はまた格別に大変なところだと思う。三股の上の滑岩は乾いていれば登るときは確実なグリップを得やすく何の問題もないが、下りに同じところが雨で濡れていたら恐怖以外の何物でもない。また、コース全体として沢登りになるため定まったルートがなく、登りとは別に踏み跡を判断しながら歩かねばならない。

登るときに選択したルートを覚えていて、下山時はそれを忠実にたどるということはよくいわれるが、実際に歩いてみると、行きで巻き道から沢に降りたところが帰りは沢から巻き道への入り口になるわけで、帰りにはそれは新しい道にしか見えない。だから、登るときと同じように下るときもルートを探しながら歩くことになる。

今回の登山でも、下山後に GPS のデータを照合すると、登りと下りで別のルートを歩いている部分が複数個所あった。もっとも、絶対に同じルートを歩きたいなら、GPS とにらめっこしていれば、まず間違うことはない。

それほどに最近の GPS の精度は高い。1~2m も左右にずれたり行ったり来たりすると、それがくっきりとトレースされる。

迷った痕跡

慎重に歩いたつもりだったが、長い道のりの中ではどうしても緊張感が途切れるときがある。そんな時を突いてアクシデントが起きる。転倒して泥だらけになってしまった。沢に降りて深めの水の中をじゃぶじゃぶ歩き、さらに水の中に横になってシャツを上からこすって泥を落とした。ずぶ濡れになっても 1時間も歩いているうちに乾いてしまう。優れた素材と夏山だからできることなのだが、事なきを得た。

さらに二度目は沢の中、ほぼ 1日歩いてラバーソールの沢靴の快適さに油断したせいか、苔のついた岩に乗って滑ってしまった。幸いに浅いところで、しかも岩ではなくて水面に転倒したため、肘を軽くすりむく程度で済んだが、うつ伏せに倒れて顔が水に着いたところに後ろからザックの重みがのしかかり、結局ここでもずぶ濡れになってしまった。

ヒュッテ前駐車場にたどり着いてほっと一息、札内ダム方向を見るとダム湖と周辺の山が穏やかな表情を見せていた。

夜明けのダム湖(2016年7月23日)

この山に登るため、昨年の秋から準備を進めてきた。山道具には特に興味はなく、50年近く前に購入した秀岳荘のオリジナルヤッケやニッカボッカをそのまま使ったりとかガラパゴス的なスタイルで登っていた。テントは劣化してすでに処分済だった。だから、先ず登山用品をそろえ直すところから始めた。

登山靴をどうするかについては最後まで迷った。(1) 登山靴と沢靴の2足を持参して適宜履き替える、(2) 沢靴で全行程を通す、そして、(3) 沢靴はフェルトソールか、(4) ラバーソールか、などなど。(1) が王道なのだが、少しでも軽量化したい。結局 (2) と (4) でうまくいったが、これも幸運だった。

また、この山の事情として、非常時を想定した懸垂下降の技術くらいは習得しておかないとまずいと思った。そのため、ヘルメット、補助ロープなど必要最低限のものを揃えて、使い方の練習をした。熊よけスプレーと自動車用発煙筒も持参した。これらの装備はカムエクには必要だと思った。結果としてヘルメット以外は使用しなかったが、天候に恵まれ、運にもめぐまれたからだと思っている。

2016年7月22日(金)
札幌 → ヒュッテ前駐車場
2016年7月24日(日)
ヒュッテ → 八ノ沢出合 → 八ノ沢三股<撤退>→ 八ノ沢出合
2016年7月24日(日)
八ノ沢出合 → ヒュッテ → 札幌
2016年8月12日(金)
札幌 → ヒュッテ → 八ノ沢出合
2016年8月13日(土)
八ノ沢出合 → カムイエクウチカウシ山→ 八ノ沢出合 → ヒュッテ → 中札内
2016年8月14日(日)
中札内 → 札幌

八の沢下部にて

追記(2023年5月)

下山したのが2016年8月13日、実は、七の沢出会いから自転車でヒュッテに向かう途中、いつもと違う風に"オヤッ"と思った記憶がある。天候が本格的に崩れる前兆だった。この4日後の8月17日から4つの台風が連続して北海道に上陸し、主に道東地区に史上例のない大災害をもたらすこととなった。

私には災害を全体的に記述する知識はないが、特に道東地区の林道に関してはこのときに全滅してしまったといっても過言ではないと思う。7年が経過した現在に至っても回復できていない、実質的な廃道状態で、多くの山で数キロメートルも歩かなければ登山道に取り付けない状況になっている。

中央官庁のしかるべきところにメールで窮状を直訴したことがある。自分たち地元の登山者だけではなく、全国の岳人や自然ガイドなどで北海道に移住してきた人たちもおり、このままでは、登山というジャンルの衰退につながりかねないと...しかし、返信は丁寧な言葉で"農業優先"の趣旨がつづられていた。たしかに道東地区にとって農業は大切なジャンルに違いない。ただ、"輸入した方が効率的"の考え方が、特にバブル期以降に広がり、林業がかつての輝きを失ったことが背景にあるように思えてならない。

その後、2020年初からのコロナ禍によって、さらに登山にとっての環境が悪化してしまった。ごく最近になって行動の自由が戻りつつあるが、自分の年齢のこともあり、この台風とコロナ禍のダブルパンチによって、どうやら登山人生の区切りとなりそうだ。

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