clock.png 2023年8月
2023.8.19
SLの想い出

昔のフィルムはデジタル化してパソコンに取り込み済と思っていたら、ダンボール箱の中から古いフィルムがでてきた。
フィルムスキャナーをまだ処分していなかったため、久しぶりにパソコンにつないでみたところ、うまく動いたので、これが本当に最後であろうフィルムのスキャンを行い、簡単な整形をして、やれやれと一息ついたところで、あらためて画像を見て懐かしい写真を見つけた。調べた結果、1972年に函館本線の峠の駅付近で撮ったものと分かった。古い記憶だが、当時、然別~銀山がSLの撮影ポイントとして人気で、今でいう撮り鉄の皆さんが撮影に行っていた。自分も、どんなものかと一度参加してみるかという気持ちで出かけたことがあった。その時の写真と分かった。

あらためてC62 2号機の経歴を調べてみると、つばめマークを付けながらも必ずしも主役の座を担い続けたわけではなく、不調ゆえに1957年2月に小樽築港機関区に転籍され、函館・小樽間で運用されたが、1972年10月10日に梅小路蒸気機関車館動態保存となったことが分かった。北海道最後となった年に撮ったことになる。

話は変わって、同じ1972年の夏、池北線の北見市入り口付近の、今でいう光葉町にあった踏切でC58 1号機と偶然に遭遇した。
お盆に勤務先の函館から北見市に里帰りしたときのこと、雨模様で霧がかかっていた。
下りの貨物列車だったが、霧の中から目の前にC58 1号機が突然現れて驚いた。まさかSLとは思わなかった。当時既に主力はディーゼルになっていたからだ。そして、「なぜ1号機がここに」と思った。とっさのことで写真は撮れなかった。
C58 1号機について調べてみると1938年製造、新鶴見機関区、千葉機関区を経て1949年7月6日に北見機関区に転属したことが分かった。これは自分が生れた年。
そしてC58 1号機は1972年9月16日に第一線を退き、梅小路蒸気機関車館に収蔵となり、その後、山口線などで団体列車として運行されたが、1986年5月30日に車籍抹消となり、梅小路蒸気機関車館で静態保存となっている。
北見という地において、C58 1号機は自分の人生と重なるように日々を積み重ねていたことがわかった。
北見機関区最後の夏に、今は無きあの踏切で偶然に出会ったことになる。

そして、同じ年の夏に、これも北海道最後となるC62 2号機を撮っていたことになる。

2023.8.11
知床縦走

ウペペサンケ山に次いで登り損ねた山に知床の縦走ルートがある。
南側の羅臼岳から、サシルイ岳、オッカバケ岳、南岳、知円別岳、硫黄山という知床半島の中核をなす山群だ。
バイクで知床林道に入り、カムイワッカ川の温泉を楽しんだのは50年以上前のこと、あれから数々の山に登りながら、原点ともいうべきこの縦走ルートを辿ることはなかった。
何度計画を立てたことか、自然遺産登録後も入山許可を申請したことが数回ある。
しかし、いずれも、諸般の事情が許さず計画は頓挫してきた。私にとってなんとも不運な山といえる。
最後に知床に登ったのは2019年、この時は体力が届かず、最初から縦走は諦めた。
ということで、結局は未踏のルートとして残ってしまった。
撮りたかったのは、サシルイ岳付近から三ツ峰越しに羅臼岳の夜明けの写真。三ツ峰キャンプ地を夜明け前に出発してサシルイ岳のc1540付近で日の出を待つという計画だった。

2023.8.7

子供のころ、近所の子たちと遊んだ場所に倉庫があった。あれから60年、故郷に行く機会があって、かつて友達と遊んだあたりを歩いてみた。記憶の世界よりも意外に狭い範囲だったが、かの倉庫はそのまま残っていた。自分の手垢がそのまま残っているような懐かしい感覚を感じた。

2023.8.4
木漏れ日

オンネトー湯の滝への歩道を歩いていたときのこと、盛夏の真昼というのにあたりが薄暗くなるほどに鬱蒼とした原始林の中、上から木漏れ日が差し込み、歩道の横のエゾオオサクラソウがまるでスポットライトを浴びたように丸く浮かび上がった。

木漏れ日が作る花かご夏の森

2023/8
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